男鹿半島の付け根の部分に広がる広大な八郎潟。
正確には、「八郎潟調整池」であり、現在私たちが目にすることのできる「八郎潟」と呼ぶ部分は、概ねこの調整池のことを指しています。
御存じのとおり、もともと八郎潟は広大な、日本で2番目に大きい湖だったのですが、水深が浅いこともあり、戦後に食糧増産のため大部分が干拓されました。このときに、大潟村が誕生しています。
伝説では
田沢湖とセットで語られる八郎潟ですが、両者は見事に対照的な湖であると思います。
雨の八郎潟。どよーんとしていますね・・・
風もかなり強いです。
干拓で面積がかなり減少したとはいえ、スケールの大きい湖です。